プロフィール
本名:野口 なを子
(のぐち なをこ)
生年月日:1953年7月7日
出身地:静岡県伊豆市
芸名の「研」の字は当時の所属事務所の
研音からとられているそうです。
テレビタレント
殺虫剤キンチョールのCMで
飛んでるハエを見て
「飛んでれら」
キンチョールを一吹きハエ落ちる
「死んでれら」
この
「飛んでれら、死んでれら」の
キャッチフレーズが
商品と共に大流行する。
ドリフターズのコントでは
志村けんさんと夫婦ネタ
夜のお楽しみを狙い
精の付く物「生卵」「赤マムシ」
「スッポンの生き血」「ニラレバ炒め」を
セクシーな鼻声で言うのが持ちギャグ。
MCの師匠堺正章さん
ザ・スパイダーズのコンサートに
前座として連れて行かれていた
そうなのですが
実際には
スパイダーズのメンバーが
中座している最中に
歌わせて貰っていたそうです。
舞台袖で堺正章さんのMCを見て
勉強していた
師匠のような存在になっているそうです。
THE ALFEEとの関係
1970年代後半には
事務所の後輩の
下積時代の
THE ALFEEを
バックバンドに
つけていたことも
あったそうです。
研ナオコさんの
ツアーにも参加し
バックバンドの
アルフィーに
なんと
アルフィーの
コーナーを
設けられていたそうです。
テレビ出演の際には
テロップに
まだ知名度の低かった
アルフィーの名前も
入れてほしいと
頼んでいたそうです。
後輩思いの
素敵な気遣いですね
そして豪華なバックバンドですね
愚図
田辺エージェンシーの社長
田邊昭知さんが
ヒット曲がなく悩んでいた
研ナオコさんの
思いを察して
宇崎竜童さん
阿木燿子さんコンビに
作詞作曲を依頼し
出来上がった作品が
「愚図」
研ナオコさんは
「こんな素晴らしい歌で
ヒットしなかったら
歌手を辞めて
故郷へ帰ろうって
本気でそう思いました」と
田邊社長は
宇崎さんに頼むとき
「研ナオコを
男にしてやってくれ」と
言って依頼したらしいです。
中島みゆきさん
1976年6月リリースの
中島みゆきさん作詞作曲
「LA-LA-LA」で
紅白歌合戦初出場
1976年9月リリース
「あばよ」では
オリコンチャート1位を
獲得!
中島みゆきさんの
提供楽曲は
アルバムを含め
15曲にものぼるそうです。
中島みゆきさんの
詞曲共に提供した
歌手では
研ナオコさんが
最多であるそうです。
中島みゆきさんは
コメディエンヌ色が強い
研ナオコさんを見て
「あれだけ人を
笑わせることが
できる人は
泣かせることも
できるのでは」
と思ったそうです。
さすがですね
研ナオコさんの人となり
ストカー被害に遭っていたが
なんと
その相手を自宅に招いて
最終的に
自身のマネージャーに
採用したそうです。
怖くなかったのですかね
女性初のマラソンランナー
2001年第24回
『24時間テレビ
「愛は地球を救う」』
女性初のチャリティー
マラソンランナーを務め
85Kmを完走する
(東京から小田原くらいの距離)
代表曲
- あばよ
- かもめはかもめ
- 夏をあきらめて


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