毎熊克哉さんどんな人?『ケンとカズ』が原点?

俳優

役者として
ジャンルを限定せず
幅広く出演している
毎熊さん

今までの歩みを
見てみたいと思います。

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プロフィール

・本名:毎熊克也
(まいぐま かつや)・生年月日:1987年3月28日
・出身:広島県福山市

・身長:180cm

・血液型:A型

きっかけ

なんと
3歳のときに
映画『E.T.』を見て
映画作りに関心を抱く

このころのお気に入り
映画は
『タイタニック』

『ターミネーター2』

ターミネーター2は
繰り返し見すぎて
壊れてしまった

VHSビデオ、DVDを
なんども買い替えた
ほどだそうです。

映画監督

銀河学院高校を
卒業後

映画監督を目指し

東京フィルム
センタースクール
オブアート専門学校
映画監督科コースに進学

ところが

頭の中で思い描く
芝居が
演者になかなか
伝わらない

こりゃ
自分でやった方が早い

専門学校卒業後
俳優に転身する

俳優

演出家の
ヨリコジュンさんの
もとで芝居を学ぶ

『TIC-TAC』

・2010年
初舞台にして初主演

演技経験が
ほとんどない状態での
挑戦

この舞台経験で

演技とは型ではなく
心でやる

自分の
感情や身体を通じて
表現することの
大切さを実感したそうです。

Engawa Films Project

映像制作集団を
立ち上げ

ショートショート
フィルムフェスティバル
2012
多数の短編映画を製作

『ケンとカズ』

カトウシンスケさん
とともに
ダブル主演を務める

2015年の
第28回
東京国際映画祭にて
日本映画スプラッシュ部門
作品賞を受賞

2016年
劇場公開され

自主制作映画としては
異例の3か月以上にわたる
ロングランを記録する。

演技が評価され
数々の賞を受賞する

遅咲きの新人として
脚光を浴びる

裏話

監督は
専門学校時代の
同級生の小路紘史さん

友達だからこそ
好き勝手言えて
ケンかもできたと

その甲斐があり
よりよい作品へと
仕上がったんですね

時間が掛かった

公開されるまで
2年ぐらい掛かった

公開するまでの間
すごく不安だった

劇場も何も決まってなく

編集はみんなで
意見を出し合ったり
時間がかかった

けど

この作品を作ることが
自分の生き方を
決めたようなもの

おっしゃっておりました。

危ない役の

この作品をきっかけに
海熊さんは
危ない役柄の
オファーが続く

パンチパーマに
ほとんど
役衣装をそのままに
着て

自分では絶対に
選ばないような
ネックレスをつけて

眉毛も細くしてなど

こりゃ
そうとう怖いです
とても
目合わせられません

作品

・2018年 『北の桜守』

現場は
どこを向いても
一流のスタッフばかり
緊張しっぱなしだった

そうです。

また

撃たれて倒れるシーンが
うまくいがずに

監督から
強く叱られた

それを

滝田監督からの
プレゼントと受け止めた

『私の奴隷に なりなさい』

自分の中で
キモイ役
嫌なやつ役を

振ってもらえるのが
嬉しい

自分の限界
見られ方を
大きく変える

型破りな役に
取り組めたことで
俳優としての
幅が広がった

おっしゃっておりました。

2019年 『いざなぎ 暮れた』

当初この作品は
15分のご当地映画
として企画された

なんと84分の
ロードムービーに
なってしまった

しかも

撮影期間は3日強

深夜1時に到着
4時間後には着替えて
撮影開始

残りの日は
日の出から
日没まで撮影

15分企画だったのに
騙されたって
感じだけど
楽しく撮れた

おっしゃっておりました。

しかし
この作品

自主制作映画
にもかかわらず

32の映画祭で
16冠を達成し

モナコ国際映画祭
受賞する快挙を成し遂げた

ダンス

お母さんは
元ダンサー
カルチャースクールで
ジャズダンスや
バレエの講師

高校1年のときに
ダンサーEIJIさんの
レクチャービデオに
衝撃

見よう見まねで
ダンスを始める

東京の学校に
進学した後も

10年近く
EIJIさんのもとで
週3回1日6時間もの
ダンスレッスンを
受けていたそです。

これからも楽しませて

頂きたいですね。

ありがとうございました。

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